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日本を襲った2つの大震災
夜明け前の日本を激震させ、多くの建物が倒壊し人々を巻き込んだ阪神・淡路大震災。
そして未だ記憶に新しい、日本周辺の地震で観測史上最大となった東日本大震災。
ヨシザワはこの2つの震災において復興および対策に携わりました。
 
1995年 阪神・淡路大震災から生まれた「信念」
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、淡路島北部沖を震源としてM7.3の地震が発生。兵庫県を中心に大阪府、京都府にも大きな被害をもたらしました。
特に神戸市市街地(東灘区・灘区・中央区・兵庫区・長田区・須磨区)の被害は甚大なもので、日本国内はもとより世界中に衝撃を与えました。大都市圏を直撃した戦後最大規模の自然災害となりました。
新耐震以前に建てられたビル等は老朽化もあり、日本ではあり得ないとされていた中層階が押しつぶされる
「圧壊」が多数起こり、低層ビルや1階が駐車場のビルでは、1階のピロティーと呼ばれる部分の崩壊が数多く起きました。
 
最大震度 震度7(M7.3) ※当時
震源地 淡路島北部沖
建物の全壊・半壊 24万9,180棟
【!】中層階の圧壊
【!】1Fピロティーの崩壊
【!】余震による倒壊
 
日本では今まで無かった建物自体が土台から切り離されて倒壊したりなど、多数の被害がありました。
本震で傾いたビルは、度重なる余震によりついには横倒しになるビルもありました。
復興からのスタート
阪神・淡路大震災後約2年間、ヨシザワは現地での震災復興の為に、
構造の技術支援に携わりました。建物倒壊による人命被害の多さに衝撃を受け、
ヨシザワは改めて建物の「構造」と「耐震性」について深く考え直しました。
構造設計会社も含め建築関係会社では専門業務により分業をするのが一般的ですが、
ヨシザワは営業・企画・設計・構造計算・現場施工・施工管理までを
自社で一貫して行い「日本の工場(建物)を強くする」を「信念」として、
新たにスタートいたしました。
「日本の工場を強くする」を信念に耐震対策をスタート
 
2011年 東日本大震災での「確信」
2011年(平成23年)3月11日14時46分 宮城県牡鹿半島沖を震源とした地震が発生。M9.0という日本周辺における観測史上最大の地震でした。
この地震により、場所によっては波高10m以上、最大遡上高40.1mにも上る巨大津波が発生し、太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらしました。
地震の影響で液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊など広大な範囲で被害が発生しました。
 
最大震度 震度7(M9.0)
震源地 宮城県牡鹿半島沖
建物の全壊・半壊 39万8,679戸
【!】補強用ブレースの破断
【!】屋根の崩落
【!】外壁の損傷・崩落
 
工場やビル等、建物の被害としては、主に補強ブレースの破断、天井の崩落、
外壁の損傷・崩落が多かったと報告されています。
2013年3月時点での建築物の全壊・半壊は合わせて39万8462戸と確認されています。
実績での「確信」
ヨシザワ建築構造設計では、この東日本大震災発生以前に、新築、耐震補強工事等を
行った企業様、ビルオーナー様へ状況確認を行い、すべての工場、ビル等の建物が
無事で人命を守ることができたと報告を受け、「日本の工場(建物)を強くする」という
「信念」の基進んできたことが正しかったと「確信」いたしました。
ヨシザワの「信念」は「確信」へと変わった